二つの道が目の前にある。
一方はおっとりとした4月の始まりのような空気に包まれている。黄緑色の若葉は光を反射させ、穏やかな風は草木を少しだけ揺らしては収まり、それを繰り返している。
一方は安定を知らない曇り空が広がり、雨に晒されたグラウンドのような、じっとりとした世界が続いている。油断すると水溜りに足を奪われ、せっかく整えた前髪も湿った風に乱される。だがその世界では時々、平然とした表情の太陽が顔を覗かせて、辺り一面を暖かく包み込む。
心配ないよと。
差し詰め今はこのような分岐を前にしている。
先に進んだ友人は戻って来なかった。
来た道を振り返るが、後ろにもう道は無くなっていた。
助けを求めたいがもう周りには誰もいない。
グラスの中の氷が溶けてしまうように、路上に咲く花が枯れゆくように、いつかは消え、そこに存在した事すら忘れられていく。
「良い山椒と酢橘を頂いたの」
と彼女は言った。少し照れ臭そうに目を合わせたり外らせたりする。
「何か作って、お腹が空いたわ」
微笑みながら僕を見つめる。
僕は困ってしまった。
someone to watch over me/Keith Jarrett